10.経済的イデオロギーの硬直化が国を滅ぼす
これもどちらかと言うと政治の話である.
基本的な概念は中野剛志氏の「奇跡の経済教室」p53で示されている図をベースとし,独自の考察も行う.
現在の日本の老舗政党[1]の経済政策は以下のように大別できる.
右派:自由競争,グローバル化,格差拡大を容認する,政府のコストカット
(自民,維新,国民民主,立憲民主の一部)
左派:平等主義,反グローバル化,格差拡大を防ぐ,政府のコストカット
(立憲民主の大部分,共産,社民,公明)
[1] れいわ新選組,NHKから国民を守る党は除く
わかるだろうか.これまで述べたように,民間企業はいつでもコストカットすべきだが,デフレ時に政府はコストカットをしてはいけないのだから,老舗の政党は押し並べて,デフレ期には不適切な政策を志向している.私はなにも,老舗政党が旧態依然としているからダメだ,というイメージ論で片付けていない.経済政策あるいは財源論を改革すべきだと言いたいのである.老舗政党は「財源=税金」という誤解から逃れられていないから,左派でも右派でもコストカットを志向してしまうのである.「デフレ時でも政府のコストカットは正しい」というイデオロギーは,インフレ時の成功体験を引きずっていて硬直化しているか,あるいは『財政破綻シナリオ(もちろん迷信)』に縛られているだけであると言わざるを得ない.
尚,敬称は略すが,老舗政党の党員でも小沢一郎(国民民主),須藤元気(立憲民主),安藤裕(自民),西田昌司(自民)は最近MMT的や拡張財源的な考えに好意的な発言をしており,それぞれの党内でのMMTへの理解の広まりに期待が持たれる.
ここでは消費減税=財政出動,消費増税=財政緊縮という大雑把な枠組みで,日本のすべての公党の現時点での政策を示す.
・自民公明連立与党「消費税10%を維持する」
・日本維新の会「消費税は8%に凍結すべきであった.財源は行政改革によるコストカットで捻出すべき」
・立憲民主党「消費税を8%に戻す」
・国民民主党&共産党の共闘勢力,NHKから国民を守る党(みんなの党会派)「消費税を5%にする」
・れいわ新選組「消費税完全廃止を目指す.但し,5%減税を飲める政党とならば共闘しても良い」
本ブログの趣旨的には,下の政党に行けば行くほど拡張財源路線になり,デフレ下では良い政策を志向していると言える.但し下の勢力でも,インフレ下でも硬直化した経済政策を打ち続ければ,当然政党評価は逆転する[2].故に,一番良いのはインフレ・デフレに柔軟に対応して適切な経済政策を打てる政党である.れいわ新選組がそれを実現できるかは分からないが,期待はできる.
[2] あくまで経済政策だけで評価した場合.例えば新自由主義的な軍拡・集団的自衛権容認には私も疑問を持つし,N国のマキャベリズム的な方法も,人によっては忌避感があるだろう.
とにかく,政治的イデオロギーが経済イデオロギーを支配してしまうと,国民の利益には全くならないのである.そして,経済イデオロギーの根本的な部分は左派も右派も融合できるはずである(もしMMTを完全に理解したならば).
【補足】
特に面白いのが,小沢氏はれいわ新選組山本太郎氏の「政治家としての師匠」である点だ.拡張財源路線に転じたタイミングは,師匠よりも弟子の山本氏の方が先だった.小沢氏が「(新しい財源論について)ただ今勉強している」とコメントしているように,財源論については,師匠が弟子を追っかけている状態になっているのが興味深い.山本氏の先見の明もさることながら,高齢の小沢氏の謙虚で勤勉な姿勢には,恐れ入る(先述の西田氏も還暦は超えている).また,若い須藤氏や安藤氏からも目が離せない.
9.格差拡大はインフレに対するブレーキ装置である
ここでは経済の話というよりは,どちらかと言うと政治の話をする.
これまで述べてきたのは「デフレ時は,個人消費(家計消費)を財政出動で過熱することでインフレ側に傾かせていくのが正しい」ということである(財源はMMTの所で議論した通り,『税金 ≠ 財源』を徹底する).これはつまり,
「デフレ時は格差是正することが政治的に正しいだけでなく,経済的にも正しい」
という事に他ならない.日本は国民の7割が自分を『中流』と評した事があったが(いわゆる一億総中流),この意識に現実を近づけていけば確実にデフレは脱却できる.今まさに「分厚い中流層による分厚い個人消費」が日本経済の救世主になる.
では,
「例えインフレしようが,どんなときでも,格差是正の方針は正しい」
という政治方針は正しいのであろうか?これは倫理的にはともかく,経済政策的にはとても難しい問いである.なぜならば,
「インフレが起こると,格差が広がって個人消費が相対的に冷却されて,インフレが自動的に減速する」
からである.これはつまり,格差拡大自体がインフレ圧力にブレーキを加えて,経済の安定化に貢献している事を意味する.まるで物理学の摩擦抵抗や空気抵抗のように,インフレの加速を止める効果がある.これが,インフレ時には構造改革・コストカット・格差拡大を(消極的に)正当化する理由である.
もちろん人間感情的には,格差は無いに越したことはないのだが,経済的に考えるとこうなのである.
ただここから,デフレとインフレが非対称な現象である事も読み取れる.なぜならば,「資本主義では,一度広がってしまった格差は極めて戻りにくい」からである.例えるならば,熱いコーヒーを部屋に放置すると,ぬるくなってしまう.人為的に加熱しない限り,決して熱いコーヒーに戻らない.あるいは本を机に「たてて」おくと,ある時本がバタッと倒れるが,それが自発的に立つことは無いのも,似たような事象である.
この「ぬるいコーヒー」「倒れた本」が格差拡大した世の中,すなわちデフレなのである.だから,政府が主体的に動いて,「熱いコーヒー」「たった本」,すなわちインフレに戻す必要がある.そのためには財政出動による格差是正しかない.「新自由主義[1]」的イデオロギーに一度染まった社会の経済はもはや単なるシーソーゲームではなく,一度何らかの理由で極端にデフレに傾いたものが自発的にインフレに傾くことは珍しいと考えて良い.
[1] 格差を容認し,政府は極力支出を抑えるイデオロギー
対称的に,社会民主主義的[2]な考えが主流な社会であれば,コーヒーを延々と加熱し続けるが如く,ずっとインフレに傾いて行くので,格差拡大のブレーキがあるから新自由主義よりはマシだろうが,それはそれで苦しいだろう.また,ハイパーインフレ期から社会民主主義的だと経済発展が遅れる可能性もある[3].だから,もしMMTについて政治家や国民が正しく理解できないというのであれば,「2大政党制」のような選挙結果に依存して長期的には中道になるような政治システムが重要なのである.もちろん,政治家がMMTをちゃんと理解していれば,あとは格差問題や差別問題,政治の腐敗問題,国際問題などに集中していけば良い.
[2] 格差を極力抑えるためには,政府支出もいとわないイデオロギー
[3] これが人々が(新)自由主義>共産主義,社会主義 と安易に結論づけてしまった原因であろう.要するに戦争が悪い.
果たして,今の日本の政治システムは本当に中道を保つことのできる状態になっているのだろうか?
なお,格差拡大はインフレに対する安全装置ではあるが,ビルトインスタビライザーでは全くない.デフレからインフレに傾く効果が全然ないからである.
【補足】
もちろん,政府の無策・腐敗によって,インフレが放置されたり加速される事は有り得る.その例が70年代のイギリスであり,サッチャー首相はインフレ脱却のために公務員をばっさばっさと切って経済を修正したのである.この時のサッチャーは(少なくとも,短期的には)正しかったと言える.
最後に現政権についてコメントする.小泉・竹中路線の後継である安倍政権の最大の失敗は,既に格差が広がっているにも関わらず,インフレに向かわせるどころかよりデフレを強化するような政策を打ちつづけてしまったことである.何度も言っているように,必ずいつかは需要不足を補うために政府が信用創造をして市中にお金をばらまくしかなくなるのに,それを怠った(それどころか,お金を減らしてしまった)ために,ますます国民は貧しくなってしまったのである.小泉元首相の「痛みを伴う改革」は,デフレ下だったために,「無駄な痛みだけを伴って,不必要な改革をした」事にほかならない.もしインフレ下だったなら,小泉氏も安倍氏もサッチャーのような英雄になれた可能性はないことはなかったのだが.
8.「国の借金」を少しずつ削る方法
ここまで読んだ方は,MMTが実践的だとわかっただろう.もちろん,具体的なインフレターゲットについては,主流経済学の力が必要である.MMTの功績(の限界)は人類に「資本主義に必要なのは高精度・高安定のインフレターゲットを考えることで,デフレを維持する必要はないよ」という認識を与えた事であり,それ以降の具体的インフレ問題は人類が真に創意工夫して探っていくべきものだろう.
MMTとインフレターゲットは別段階の問題で,互いに矛盾しないということである.
また,MMTの基礎づけは定性的な需給バランスの問題と「信用創造」という,2つの最も経済学で基礎的な概念のみで構成される.だから,偶然にも数式を使う積極的理由がなかった.だから,『MMTは数式が出てこないから定量的ではない』というのはその通りなのだが,『数式が出ないから,ダメ』という批判は全く的外れである.数式を用いた議論が必要になる以前の段階についての基礎的な認識を正していく必要があると,MMTは言っている.
[1] フィリプス曲線は出したが,あれはあくまでインフレターゲット以降の議論に必要になる.インフレターゲット自体はしっかりとした数式や定量性が必要である.
おそらく「主流派経済学」はそもそも「信用創造」という概念すら正確に捉えていないか,商品貨幣論との混同も起きていると考えられ,流石にそれらの点ではMMTとは完全に相容れないだろう.MMTの本丸は国定信用貨幣論(国の通貨発行権を全ての出発点にする)なので,通貨発行権を本質的に認めていない商品貨幣論とは水と油である.詳しくは該当リンクを参照されたし.
MMTは「(国定信用貨幣論に基づいて)信用創造という最も基礎的な概念を余すことなく使い倒す」ので,「新しい概念をほとんど言ってないじゃないか」という見方(ある種の批判)が,実に正しいのである.MMTは今まではっきりとは認識されていなかった信用貨幣論の真髄を見出したということである.また、主流派経済学が金科玉条のように振り回すプライマリーバランスが国民生活にとっては害悪でしか無いから,新たに声を上げている.プライマリーバランスは商品貨幣論に立脚しているので,根本的に間違いである.
(信用貨幣論が根本的に分からない人はこの記事を見ると分かるかもしれない)
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では,MMTをさらに掘り下げて,新しい事を行ってみよう.
それは,政府紙幣を導入することである.
https://www.youtube.com/watch?v=fjA85_DgyQc
(↑このブログよりも詳しくて正確な,大西つねき氏の解説動画)
政府紙幣を使うと,政府の日銀当座預金に「数字を書き込んだ分だけの金額」が『預けられ』る[2].大西氏の動画の例では100兆円を毎年政府の預金に金額を書き込んで,それを政府の収入として扱う.すると,国債を買い上げるための『財源』が生まれる.だが,民間預金額が変わるわけではないので,すぐには市場への影響は無いと思われる[3].これを十年ちょっと繰り返すと,国債は消滅する!
[2] 実務的には単に数字を書いただけであるが,これは信用創造と本質的に同じ行為である.
[3] 市場に流すには,公共事業発注をしたり,ベーシックインカムとして民間の預金に『預ける』だけで良い.インフレ率だけが注意である.
「そんな乱暴な事をしたら信用を失ってハイパーインフレになる!」と思う人はこちらやこちらの記事も参照されたし.
これを『国債=銀行への借金』という文脈で考える.この動画文字起こしの後半で述べられている事実は,現在日銀は国債を銀行から半分以上も買い上げて保有している,ということである.にもかかわらず,利率,物価,国債相場に大きな影響は現状でていない.日銀と政府の間で意思統一が成されているのならば,買上げを更に推し進めて,国債のほとんど全てを買ってしまってもおそらく状況は同じだろう.後は銀行が,国債で買い上げられてしまって押し付けられたお金を[4],自分たちがお金を押し付けられる前に保有していた金額に戻るように使い込む[5]か民間人に『寄付』すれば,上記の段落で述べた操作の途中までは行けるのである(結局は政府紙幣で帳尻をあわせる必要はでてくる).要するに,銀行だけが損を飲み込むことさえできれば,それ以外に大きな影響はないのである.
[4] 銀行などの機関投資家は,基本的に現金を持ちたくない(常に債権を持ちたい).なぜなら,現金は持っていても増えたりはしないのである.お金持ちが何もせずに儲ける(不労所得)ためには,お金を他人に貸すしかない.特に今はデフレなので,銀行が日銀からお金を押し付けられると,貸し手が見つからなくて困ってしまうのである.
[5] 格差拡大のリスクさえ気にしなければ,得られたお金を使って銀行員(=経営者側を含めた,全ての行員)の給料として与えてしまっても[6],長い目でみれば同じである.あるいは,銀行が他の民間企業へ「架空発注」したり,懇親会を開いて20万円の利益供与する,等でもいいだろう.だったら最初から国民にばらまいた方が良い.
[6] 短期的には,銀行員が瞬間的に億万長者になって,離職者だらけになり,銀行が解散する.だから,銀行員の公務員化を前提にしないのであれば,この操作は銀行員の数を少しずつ減らしながら,ゆっくりと行う必要がある.いずれにせよ,これらは具体的な政策をどうしたいかのレベルの話であって,民主主義的に決めることであり,政府紙幣を政策実行できるか,できないかという話ではない.
さらに大局的に考えてみよう.そもそも国債とは,国の公共事業を行うたびに,国債を保持する銀行などの機関投資家に利子を儲けさせる装置である.一方,政府紙幣を使って国債を完全に置き換えてしまえば,何年預けても利益を出さないお金が生じる(ブタ積み)[7].もちろん,政府紙幣&現代貨幣(日本のお金)は両方とも,「お札としての実体は無い」ので,区別はつかない[8].だから銀行が文句を言わない限りにおいては,政府紙幣発行は大きな問題にはならない[9].さらに踏み込んで,銀行員を公務員にしてしまうというプランも出てくる[10].
[7] だから,人々を悩ます『借金』がどこにも生成されないのである.
[8] したがって,混ざって困る事もない.一度民間の手に渡ってしまえば,政府紙幣も民間預金も本質的に同じである.
[9] もちろん,金利を見張る必要は常にあるが,それは簡単な金融政策(金利操作)で対応可能だろう.
[10] 大西つねき氏の解説動画
以上から分かることは,市場の需要拡大インパクトさえコントロールできれば,『国の借金』はいくらでも減らせるということである.この国債消去操作から逆説的に,国債を「国の借金」として恐れる事が,如何に馬鹿らしいかが分かる[11].財政破綻論者はこの事実をどのように捉えるのだろうか?こういう操作が可能だと分かってしまえば,MMTのような理論が出てくるのも全く驚かなくなるだろう.もちろん,政府紙幣を使ってこのような消去ができる国は限られている(基本的には債権国=海外にお金を貸している国,つまり日本である)という裏事情はあるが,それは大西氏の多くの動画で度々説明されてるので,興味のある方は探してみてほしい.
[11] どうしても恐れるものが欲しいならば,高インフレと(全ての)デフレを恐れてほしい.これらだけが公共の害で,それ以外は人の生き方の問題(政治思想の問題)である.
【重要な補足】
ただ,財政赤字を放置しなかったために良いことも起きる.
1つ目は,大西つねき氏の動画でも言われている事だが,「国債=世代間の格差拡大装置」という事実である.国債は早く生まれて早く買った方が利回りで儲けるには有利だからである.この性質は「国債は未来の子たちへのツケ」という側面を正しく反映している.「ツケだから,税金で返そう」というのは本当に愚かな間違いであると断言できるが,「絶対に返済を要求されないツケだから,いつまでも返さなくて良い」というのも,絶対悪ではないが,あまり良いことではない.
2つ目は,あくまで私の意見だが,「国債がたくさんあると,デフォルトするんじゃないか」と感情的に不安になる人を減らすことができる事である.これは本当に感情的な問題に過ぎない事をMMTは論じてきた.だが,政府紙幣を使えば,その感情すらも解決できる.裏を返せば,これまで大手メディアのプロパガンダによって,国民は国債=国民の借金という無意味なトラウマを植え付けられていただけなのである.大手メディアも本気で勘違いしていたのだろうからそれを断罪する意味はないが[8],彼らにはMMTを迅速に国民に知らしめる責任がある.厳しい言葉だが,現在以降にMMTをきちんと報じない(か,理解しようともせず,感情的に叩いてしまう)ようなメディアは反社会的勢力であると言っても過言ではないだろう.既にMMT成立に十分な証拠や根拠が揃い,且つ海外でもMMTの機運が高まってきているのだから….
[8] 彼らも「国民」の一部なので,ある意味では被害者(自傷行為)である.
7.MMTがあれば税金は要るの?要らないの?
これまでの記事を読んでいただけた方は「税金=財源」とする考え方が如何に不要なものか,大体理解していただけただろう.
では,夢の「無税社会」は実現できるのだろうか?私個人としては,「無理すればできるっちゃできるけど,税金には非常に便利な使い道があるよ」と言いたい.
中野剛志氏は著書「奇跡の経済教室」の中で「無税社会を作ってしまうと,インフレをコントロールできないので,課税もとても重要である」との旨を述べている.一般にインフレ率は供給=生産性と,需要=購買力=賃金のバランスで決まるが,特に「需要(個人の実収入)」の安定化には税金を敢えて取る事が便利であると主張している.
中野氏(大西つねき氏など,他の多くの論客も同様)は自動安定化装置(ビルトインスタビライザー)として所得税を上げている.彼らの主張によれば,景気が良くなれば賃金は上昇するものの,それによって所得税も増え,賃金から税金を引いた額(=収入)が頭打ちになり,市中のお金の量も頭打ちになるため需要も頭打ちになり,ビジネスチャンスもそこまで急激には増えないので金利や物価の急激な上昇も抑えられる[1].また,この効果は法人税にも認められるそうだ[2].これによりMMT批判者が述べるような「急激なインフレ」は自動で抑制できると考えられる[3].
[1] と私は解釈した
[2] おそらく,経営者が労働者に払う賃金の上昇を抑えられるためだろう
[3] そもそもこの段落の議論はMMTも従来型理論によるインフレターゲットでも共通である
若干脱線するが,中野氏らは,消費税は所得に依存せず,消費のみに依存する(逆進性がある)ため,安定化装置としては働かないと主張する.また,藤井聡氏の発表を参考にすれば,消費税を使えばインフレなんてイチコロで退治できるように思える[4].故に我々は,インフレの緊急回避装置として消費税を活用できると考えることができる.イメージ的にはインフレ炎上用の消化器みたいな道具であるが,逆を言えばデフレなのに消化器をずっと噴射し続けた現政権の政治責任は果てしなく重い.
[4] バブル崩壊は長期不況の本質ではなく,あくまで不況は消費税増税に起因する,と藤井聡氏は述べている(この動画の10分ごろから).
以上まとめると,「税金は『財源』としては使う必要は全く無い.但し,物価や金利に自動的な負のフィードバックをかける装置としては便利なので,廃止しない方が良い.税金を財源として使わないので[5],税収の『金額』を心配する必要はまったくない」という事である.あくまで財源は国債発行が軸になる.だから,仮に税金が多く稼げても,全く稼げなくても,それはどっちでも良いと言うことである.インフレ制御さえ完璧ならば,すべて良しである.
[5] 米山氏のような税金を財政赤字解消の財源とすることを前提としているMMT批判は的外れであるどころか,自らMMTの趣旨を全く分かっていないと言っているようなものである.
だが,ここまでお読みになった人は「破綻しないからと言って,財政赤字はずっと放置するのか?」という懸念を抱いたことだろう.先述の通り,デフォルト自体は「しない」.しかし,それでも赤字が増える事自体が心配でしょうがないという機運が国内にもし高まった場合は,続くページに大西つねき氏(れいわ新選組)の対策案を書いたので,見ていただきたい.
6.結局,MMTとは何だ?(後半:政策実行)
MMTについての悪い風評としては,「MMT推奨派はとにかく国債を乱造して,何も考えずに平気でいる.財源のことは全く頭にない」だろう.以下に,これが表面的な理解,すなわち風評被害である事を記す.
5で述べたとおり,信用創造の原理から,「信用創造による預金の創出がまず先に生じ,その後に政府による徴税行為ある」.あくまで原理的には,政府は税金を財源にする必要がないのである.このブログでは,MMTが成立することを利用して,「税金を政府の財源にする必要はない[1]」という側面を掘り下げていく.この,『税収≠財源』というのが,政治方針の根幹を作り変える,大きなパラダイム・シフトである.逆に,『税収=財源』という政治方針は,商品貨幣論(金本位制や,古典的物々交換論)に完全に縛られた,化石のような方針であったことが徐々に分かってくるだろう.
[1] 中野剛志「奇跡の経済教室」や大西つねき「私が総理大臣ならこうする」等.
もちろん,MMTが成立するためには以下の厳然たる条件を満たさなくてはならない.それは,
(0) 金本位制などではないこと+戦争して占領されないこと(大前提)
(1) 自国通貨立て国債が発行できる財政民主国家であること(=いつでも政府が信用創造をできる状態にあり,いつでも金融政策が打てて,いつでも税率を変更できること)
(2) 為替変動性が正しく機能している事(他国との著しい為替格差が存在しない事.外国に買わせた自国通貨建て国債を「借り換え」できなくなったり,信用不安が起こるリスクがあるため)
である.まさに,「(0)(1)(2)を満たす貨幣=現代貨幣」を使える国でないと適応できないので,MMTと呼ばれる.通貨が現代貨幣であれば,「国債の返済期限が来たら,新しい国債を信用創造によって発行して借り換えをする」ことで,絶対に債務不履行にはならないので[1],この理論が成立する.この理論の傍証として,今の日本が先進国に比べGDP比でダントツの赤字国債を抱えつつなお,デフォルトの気配すらない事もあげられる[2].
[1] 財務省もこの事実は認めている
[2] ステファニーケルトン教授の発言
なお,条件(1)を満たさない例として,ギリシャやイタリアなどは,貧国ではないのに,通貨発行権を持っていなかった(のでデフォルトした).言うまでもなくユーロを使っていたからである.また,ジンバブエやベネズエラは独裁国家だったので,極端に生産性が落ちてしまったので,これと比較するのも的外れである.特にジンバブエは自国通貨発行権自体を放棄せざるを得ない状況まで陥った(公務員の給料をアメリカドル立てで払っていた).
MMTでは財政赤字を財政規律とはしない.それは当然,「どんな経済政策をとっても赤字は確実に増えていき」「どんなに赤字を増やしてもデフォルトはしない」という事を背景にしている.
MMTにもしっかりとした「財政規律」は存在する.MMTはインフレ率『のみ』を財政規律にする(プライマリーバランス戦法とは全く相容れない).つまり,「財源は気にせず」かつ「インフレターゲットを行う」だけである.インフレターゲット自体は今の安倍政権も行っているし,おそらく立憲民主党などに政権交代しても,結局やることになるだろう.
結局MMTとは,「成熟国家は国債の発行を止めることはできない厳然たる事実を認め,且つインフレ率がコントロール下にある場合はデフォルトはない」というだけの理論である. 後はインフレ・ターゲットの技術を洗練させて行けば適切な財政規律を生むことができる.特に,一旦デフレを脱却してしまえば,そこにはアクティブな需要が存在するため,教科書的な短期金利の制御等でインフレを細かくコントロールできる.
もちろん,インフレターゲット自体は細心の注意で行う必要がある.インフレがどれだけ進んでいるか(あるいはどこから「爆発」するか)を見定める指標は,「失業率」である.この理論は完全に「主流派の経済学」に立脚する.この理論は,まずインフレ好景気によって失業率を下げていき,完全雇用に近づく少し前にインフレが加速するポイント(インフレ非加速失業率)の辺りまで財政出動を維持し,それに近づいたら金融引き締めを行ったり財政出動をやめてインフレ率を収束させれば良い,という事である.以下のグラフの通り,失業率が下がらずにインフレ率だけが上昇しだす所がクリティカルな止めどころである.インフレターゲットで何を気をつけなければならないかがこのグラフからよく分かる.
https://twitter.com/yoichitakahashi/status/945609696622157825
ところで,このブログでは一貫して『税金≠財源』を主張してきた.では,税金は不要だろうか?実は税金はこのインフレターゲットを安定化させる道具として使えるのである(続く).
5.結局,MMTとは何だ?(前半:批判的意見から)
これまでの議論(特に記事3)より,各国政府は遅かれ早かれ国債は乱造される宿命であったとわかった.悪意(政治家の癒着)よりも,原理的に仕方がなかったという側面が強い.
では我々はこのまま,借金まみれになって財政破綻するしかないのか?あるいは記事4のようにプライマリーバランスを守って,少子化が進行して,ゆっくりと滅んでいくしかないのだろうか?
答えはもちろん「NO(持続的な社会を実現できる)」である.しかもなんと,外需に依存して外からお金を取ってくる必要は「ない」.戦争による特需も「不要である」.しかし,そんな夢のような話は本当だろうか.
まずは主流派の言説に則って(?),MMTに批判的な側面から見ていこう.
信用創造の原理から,あくまで「国民&政府の信用創造による預金の創出がまず先に生じ,その後に政府による徴税行為が可能になる」ことも分かるだろう.政府は財源の根拠として,最初に国民から徴税しておく必要はない.また,国債がどんなに増大しようとも,「国民の借金額=国民の貯金額」が成り立つので,民間預金残高不足を理由に国債発行量が天井を打ってしまう可能性はゼロである.故に,MMT批判者に見られる,以下のタイプの言説は明らかな誤りである.
【MMT批判タイプ1】『国債を発行しすぎると,民間銀行の資金が不足する』
「国債大量発行で国内民間銀行が資金不足になり,民間が国債を買う力を失い,国債の需要が暴落することで国債の価格が不相応に低下し,それにより利回りが急上昇して,結果金利が急上昇するようなシナリオ」
これは,国民の借金が増える=国民の預金が減るという,全く短絡的な誤解に基づく言説である[1].民間銀行は日銀当座預金を使って国債を購入しているため,国債を購入するための資金が不足する事はありえない[1].つまり,民間部門の預金を原資に国債を購入しているわけではない.なお,国債が発行され公共事業が民間企業に発注されれば,政府の日銀当座預金が民間銀行の日銀当座預金に振り返られ,その分だけ民間企業の預金額が増えるので,政府の借金=民間の黒字になる.故に,トータルで見ればやはり資金不足はない.
[1] 中野剛志「奇跡の経済教室 基礎編」p126で中野氏は清滝信宏教授を批判しているが,まさに清滝氏が上記の間違った言説を流布している.
もっと踏み込んで言えば,「政府の信用創造(国債発行)」は「民間の信用創造」からは何の拘束も受けない.まず政府の信用創造によって市中(公共事業発注→民間企業→労働者)にお金が流れ,大体の物価が決定されることで,その後に民間の信用創造がバランスを取るために決定される.例え民間の信用創造が0円であったときでさえ,政府は「国民から借金して」公共事業を行うことができる(民間は政府を縛らない).
銀行は信用創造をする人物・団体の信用度合いを評価するのが本質的な仕事である.実際に借り手が融資を申し出たとき,借り手の申請額が客観的に見て返せそうな額に収まっているときに,銀行が申請者の銀行口座に数字を書き込み,債権を受け付けるのである[2,3].だから,「国債が発行されるときは国民の銀行預金残口座から政府の口座にお金を持ってくる」というイメージ自体が強く否定されるのである.現代のお金(現代貨幣)は対応物(実体)を持たない,のである.実体があったのは金本位制の時代までの話である.
[2] このときの審査基準を歪めてしまうと,例えばサブプライムローンのような事態になる.
[3] 人の信用には限りがあるが,政府の信用は無限大である.
【MMT批判タイプ2】『国債を発行しすぎると,信用不安に陥る』
また別の勘違いのケースとして,例えば池上彰氏などが時々示すような「国債を大量発行すると海外で信用不安が起きて価格が暴落する」というシナリオも,一般の国家ならばありえなくもないが,特に日本国債の場合に限っては全く当てはまらない.日本の場合に限って言えば,正しくは,自国通貨建てであるため「国債の返済期限が来たら,新しい国債を信用創造によって発行して借り換えをする(つまり,通貨発行権がある)」ゆえに,絶対に債務不履行にはならない[4,5].このときも,民間の購入能力(銀行の預金)と国債発行額が完全に釣り合って国債の需要が暴落しないでいる事が,隠れた安全弁である.確かに国債は国民の借金であるという側面はあるが[6],どれほど借金しても国は破綻しないし,信用不安自体も起きない.海外の賢い投資家は間違いなく信用不安が起きないことを知っていて,リスクヘッジ先として日本国債を利用してくれているのである.
[4] 中野剛志「奇跡の経済教室 基礎編」p145における著者の主流派経済学者への批判
[5] 国債に対する返済資金を信用創造で作り出すことのできない「他国通貨立て」でやり取りしてしまうとデフォルトの可能性が残る.債権国の通貨をかき集める事に失敗する場合があるからである.アルゼンチンはこの理由でデフォルトしている.自国通貨建ての場合は,単に日本円を作るだけなので,いつもどおり好きな額だけ信用創造すればよいのである.
[6] 国債が増えていくと,国債の利回りが大きくなる可能性があるので,国債を買える側の富裕層と国債を買えない(借金を返す側の)貧困層の格差は広がる.この点はれいわ新選組の大西つねき氏などが問題提起しており,解決策も示されている.
【MMT批判タイプ3】『国債を発行しすぎると,高インフレになって困る』
「財政赤字を拡大すれば,必ずインフレが起こる」ここまではMMTも否定していないが[7],「インフレが制御できないから,MMTに基づく政策は非現実的だ」と続く批判である.これは[8]で中野剛志氏が痛烈に批判している.また,インフレが制御できることを前提に「アベノミクス」が行われており,インフレが制御可能であることは財務省も暗に認めている.
[7] それどころか,それを使ってインフレターゲットをやろうとしているのだが…
[8] https://toyokeizai.net/articles/-/283186 特に2ページ目の下部以降
また,この「インフレは金融政策や財政政策で制御可能である」という財務省の意見と真っ向から対立する意見が米山隆一氏(弁護士,医学博士)や日銀の原田泰氏の意見である.
米山氏は「インフレ退治のために予算を毎年大幅に変えると世の中が混乱する(←そりゃそうだ)」と言っていて,中野氏の「高インフレ時以外は,毎年の予算を大幅に変える必要はまったくなく,前年通り推移させれば大丈夫」という意見と相反する.
実際,米山氏の意見はかなり不自然というか,無理があると言わざるを得ない(おそらく,税金を財源とするために自由に税率を変えられない,とでも思っているのだろう).後にインフレターゲットの所で述べるが,インフレ加速度の指標は「失業率」であり[9],これが極端な値まで下がってこないうちは,極端なインフレ加速は起こらないと理論的に考えられている[9,10].
原田氏も財政政策でインフレをコントロールするのは難しい,という論調だが,日本は短い期間に消費増税を2度も行った国なので,インフレターゲットを変に高く(失業率ターゲットを極端に低く)しなければ,まず間違いなくインフレコントロールは成立すると言えるだろう[11].更に中野氏に言わせれば,「所得税」が自動安定装置(ビルトインスタビライザー)として消費需要安定化に奏功するということだ.
[9] いわゆるフィリップス曲線.横軸が失業率で縦軸が賃金上昇率(インフレ率)であるが,y=1/xのような形をした,滑らかな曲線である.だから,少なくとも平時においては,インフレ率が爆発するなどありえない.
[10] https://diamond.jp/articles/-/160837?page=3
リンクの次のページで高橋洋一教授は「日本でも国会は、日銀総裁らに『日本のNAIRU(=インフレが加速しない,安全な失業率)はどの程度なのか』と質問したらいいだろう。これが答えられないようでは、中央銀行マンとして失格ということだ。」と述べており,NAIRU(安全な失業率)でインフレターゲットを実行するのは,経済学者にとっては一般的な事のようである.
[11] そもそも日銀の人間が現政権の政策実行の前提としている事実を否定してはだめだと思われる.日銀財務省政府は近い組織なので,ほとんど自己矛盾である.藤巻健史氏(経済評論家,元国会議員)も原田氏と同様の意見のようで,三橋貴明氏が批判している.
歴史的には,少なくとも金本位制が名目化していたと考えられる第二次世界大戦以降は安定(内因性)インフレと,突発的(外因性)インフレの両方を経験しているが,オイルショックですら金融引き締めで対応できている事を思い出すと,インフレ・ターゲット自体が無理という言説は歴史をあまり省みていない事になる.
それでも,感覚的にインフレに対する恐怖が拭えない人は,おそらく『商品貨幣論』の考え方に染まりきっているのであろう(それ自体は全く正常である,なぜなら主流派学者がそう教えるから).そこで,商品貨幣と信用貨幣の違いを解説したページを作ったので,まだ納得できない人は先に読んでいただいても良い.
さらに亜種として,「国民がインフレ時に増税に同意しないからMMTは危険」という人も居る.そういう批判はもはや経済学的な批判ではないので,別ページを作った.ただこの手の批判者は,根本的に民主主義の実現可能性を否定しているので,はっきり言って読む価値は無い(その別ページのほうも,長いことともあり特に読まなくて良い).
もっと踏み込んだ私の意見を述べると,何らかの不測の事態でインフレが予想以上に加速したら「消費税」を増税してしまえば,一瞬で消費は冷え込んで,すぐデフレになる.国家予算を細かく調整する必要はまったくない.もちろん会ったことは無いが,おそらく藤井聡教授も同様の意見をお持ちだと思われる.
4.プライマリーバランス戦法は「大失敗」だった
これまで長きに渡り,財務省は「プライマリーバランスの達成」に命がけで取り組んでいる.彼らの努力は尊いものであるが,しかしながら,これが成功し続けると遅かれ早かれ国は滅ぶ.なぜ財務省がプライマリーバランスに命をかけるのかの根拠は【補足2】で述べることとし,まずは本旨を進めよう.
信用創造の原理を思い出そう.経済発展期は民間貸出の増分は小さいので,プライマリーバランスを達成するための十分な税収を集めてしまうと,財政政策でばらまいたお金が日銀当座預金に回収されてしまい,市中のお金(マネーストック)は増えない.そうすると,需要が冷え込んでビジネスチャンスが狭まってしまい,民間企業は利子を返せる算段が付かなくなるので,融資を控える.よって,銀行の貸出額も徐々に減っていき(=返済だけが続き[1]),市中のお金はますます減っていく.その結果,なけなしの貧弱な需要の激しい奪い合いになり各社値引き合戦になる(デフレ・スパイラル).これを改善するためには,財政出動(国債発行による公共事業[2])をするしかない.
[1] 教科書的な「デフレは時間とともに貨幣価値が物価に対し相対的に上昇するから,貯金が得策になるので借金する人は減る」という説明でも結果は同様である.
[2] 公共事業の費用は最終的に賃金として民間人の手に渡るので(この記事),民間企業の生産性が上がらなくとも,市中のマネーを国策的に増やすことができる.
裏を返せば,デフレになりそうなときは財政出動(財政支出を増やす事)をしっかりやれば,経済は安定的に成長する.以下のリンクの図を見てほしい.
http://msw316.jpn.org/11blog/blog.html
この図は,各国の詳細な事情には大きくは依存せず,一般的にGDPを成長させる原動力が政府の財政支出であること(因果関係[2])を明確に示している.要するに安倍政権は,
「うちは他国に比べ軍資金は渡さないが,何を差し置いても他の国よりも結果(GDP)を出せ!」
と国民を恫喝してくる,反社会組織も真っ青な態度を暗に取っているとも言える(悪意はないのだろうが…).そのしわ寄せが,末端企業のパワハラ,サービス残業,雇い止め等につながっていると思われる.これは安倍政権だけでなく,小泉政権や民主党政権でも同様の目標を掲げていた(コストカット&経済成長).だが需給バランスの関係から,コストカットと経済成長の両立は成熟国家(デフレ国家)では無理筋である.もちろん無駄な公共事業を国民が嫌がるのはよく分かるのだが,コストカット自体が「(市中マネーを減らす意味での)インフレ対策」であり,デフレを強く促進する効果がある.
だから日本国民は「無駄遣いは悪い」とは思いつつも「デフレそのものはもっと悪い」という認識を持ったほうが,確実に経済は前進し,幸福度が上がると言える.私はこの国民の認識間違い及びそれに基づく政治的失敗が少子化加速の最大の原因であると考えている.また,日本の大手メディアがその認識間違いを助長,醸成するのに一役買っている事も,とても残念なことである.
[2] リンク先の図が単なる相関関係にしか見えない人(因果関係に見えない人)は,もう一度この記事を読み,市中のお金の量とビジネスチャンス,民間企業収益と雇用,そして個人収入と個人消費の関係についての考察をじっくりしてほしい.ざっくりと言うと,政府が支出する→公務員や公共事業発注先の個人が儲ける→彼らから民間企業が儲けられる→民間企業の雇用&労働者の個人収入増える→GDPが増える,である.成熟社会(デフレ経済)では,一般的にイメージされるような「民間企業がどんどん需要を開拓し,雇用を創出して個人収入を増やし,GDPを伸ばす」というモデルはマクロな金の動きとしては非現実的である[3].要するに,個人のお金が無いからみんなモノを買わない,誰も買わないから誰も売らなくなって雇用もなくなるのでしょ,と訴えたい.どんなに魅力的な商品があっても,お金がなかったら誰も買わないでしょ[4].
[3] もちろんミクロに見れば,お金持ちの需要を換気するような画期的なビジネスが創出されることもあるだろう.だがマクロに見た場合,今の日本ではそれは実現していないと言える.
[4] もちろん,貧富の格差が小さくなれば市中マネーの「合計値」が少なくとも,ビジネスチャンスは生まれる.低所得層の方が年収に対して必要な支出が大きいからである.高所得者は余ったお金は決して無駄遣いせず,貯金(あるいは投資.だが投資は不労所得によって,格差拡大を進めてしまう)に回している.格差是正の結果として民間企業は儲ける事ができ,公共事業(政府による市中への資金注入)は減らせるが,これがまさにデフレ対応政策(インフレ加速政策)なのである.
【補足1】
グラフを見る限り,中国政府は既にこのGDPを成長させる方法に気づいている可能性がある.だから,右派の「中国脅威論」の文脈からも,日本も早く拡張財政を行って経済発展を再開し,軍備を進めよ,という意見も出てくる(それ以前に安保法制の再整備が必要だが).もちろん左派は拡張財政があれば無敵になれる(福祉に金を使えばそのまま選挙の票に繋がるため).中国はもともと貧富の格差が大きかったり共産主義が長く続いて生産性が低かったために,インフレが加速する要素が少なかったため,拡張財政を強力に行っても極端なインフレにならず,経済が上手く発展しているのだろう.
【補足2】
財務省がプライマリーバランスを維持する理由には諸説あるが,大きく分けて
(1) 財務省は天下り先という利権を手放したくないので,増税をして予算を巨大にしたいが,その方便としてプライマリーバランス論が都合が良い [s1,s2].
(2) 旧大蔵省時代に,インフレ対策が大きな責務だったから,その名残で[s3].
(3) アメリカのエリートから流れてくる新自由主義の思想に,日本のエリート官僚が染まってしまったから[s3].
という説がある.(1)はまさに「腐敗権力」という言説だが,(2)(3)は単に政策基準がインフレ期のまま硬直化してしまっただけとも言えよう.故に,正しい理論を理解した人が彼らにアプローチしていくしかない.(3)は財務官僚のエリート意識の問題もあるので,これについては国民が本当に怒るべきである.
[s1] 高橋洋一教授「安倍政権『徹底査定』」
[s2] 元国税官大村大二郎氏「消費税という巨大権益」
[s3] 中野剛志「奇跡の経済教室【戦略編】」の第9章